原文  軍無輸重則亡、無糧食則亡、無委積則亡。
読み下し軍に輔重なければ、すなわち亡び、糧食なければ、すなわち亡び、委積なければ、すなわち亡ぶ。

有名な『孫子の兵法』の一節ですが、面白い解釈が下記。

★P107〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓

意味機動力や食糧や道具といった先立つものがないようでは戦えない。

身も蓋もないようだが、けっきょく物心ともに「備え」のあるほうが強いのである。
「備えあれば憂いなし」というより、備えがないようでは戦えないってことである。とはいうものの、万全の準備ができるくらいなら、べつに戦うまでもないって気もするが。

備えさえあれば、それで戦いを仕掛けてよいかというと、そうもゆかない。先立つものとしての「大義名分」がほしい。

だが、笑ごとじゃないことは歴史が物語っている。明らかに大義名分を缺きながら、戦争をやらかせるものだろうか。戦国時代だったら、「天下を取るぞ」という号令が、けっこう大義名分になったようである。京の都に上って足利将軍に取って代わるのだ、と。
しかし、それは官僚の出世競争みたいなもので、そういった自分がポストをにぎるためのものは、戦争の大義名分とはちがうような気もする。

孫子にとって、戦争における大義名分は、どれくらい問題になっていたのだろうか?
孫子の時代、戦争には大義名分という先立つものなどないというのが、おそらく常識であった。「これは野蛮に対する文明の戦いなのだ」という大義名分をでっちあげるのは、ひよっとして近代以降の帝国主義の発明だってことはないだろうか。

筋金入りの怠けもののせいか、なまじ先立つものがあったりすると、かえって動きづらくなる。「やらなきゃ」と意識すると、それがプレッシャーになる。やること自体はよいのだが、「やらなきゃ」とおもうと、とたんに身と心とが分裂する。だから、やるときは、先立ってなにかを考えたりしないで、ホワーンという感じでやりはじめる。
食べたいものを、食べたいとさに、食べる。食べられないなら、食べない。旨いのだが栄養がない、栄養夕ップリだけど旨くない、とかは気にしない。栄養のあるものばかりを食べていれば健康になれるかっていうと、そんなこともないだろう。
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基本的に本来の意味は、「戦いに必要な物をしっかり揃えてから戦いをはじめなければ戦えない」という時に引用される文章なのですが、本書(下から目線で読む孫子)は逆に、準備をせずに「ほわ〜ん」とはじめましょう(というか「自分はそうしています」)という結論に至ってます。

これは考えてみればその通りなのかも知れません。

最初から完全に勝利への道筋が見えている戦争なんてありませんし、マンガや小説じゃぁないんだから「勝てない戦いはしない」などとは言ってられません。

よく「物事が始められない人は、進む道のすべての信号が青になるまで待っている」みたいな言い方をされることがありますが、出発してみたら「開かずの踏切」にぶつかった、などという経験が少なからずあります。

どうしたかというと、迂回路を探した

でもだからと言って、はじめから達成できないとわかっているプロジェクトに首を突っ込むほど酔狂でもありませんし、自殺願望もありません。

つまり、完全に準備が整うまでプロジェクトを始めないのではなく、

 なんとなくやり方が見えた
 大体やれそう

なところでプロジェクトをスタートさせるのがいいかも。

ちなみに、自己啓発関係のように、業務として評価されるものではないときには

 思いついたら始めてみる

というのが、いろいろな経験を獲得する最短距離だと思ってます。

もちろん、そのための時間は常に捻出できるように効率化をしておくのが必要ですが。




■参考図書 『下から目線で読む孫子

歴史上、数々の支配者たちに熟読されてきた兵法書の古典『孫子』。人間心理への深い洞察をもとに必勝の理を説いた同書を、視点をひっくり返して読んでみたら、何が見えてくるのか。自明とされた「勝ち」というものが、にわかに揺らぎ始めるかもしれない。『孫子』のなかから、これぞという言葉を選び、八方破れの無手勝流でもって解釈しながら、その真意を探る。




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下から目線で読む孫子
著者 :山田史生

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●本書を引用した記事
 視野を広げる
 「孫子の兵法」を実践してはいけない
 すべてが揃わなくとも始める
 「演じる」を知る
 すべてが揃わなくとも始める
 見勝不過衆人之所知、非善之善者也
 兵とは詭道なり
 流れを変えてはいけない
 下から目線で読む孫子
 勝ってはいけない
 知彼知己、百戰不殆

●このテーマの関連図書


絶望しそうになったら道元を読め!『正法眼蔵』の「現成公案」だけを熟読する(光文社新書)

受験生のための一夜漬け漢文教室(ちくまプリマー新書)



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